Harulog

なんでもない日常の事

人生を変えた一冊

数年前に「人生を変えた一冊」というハッシュタグを見かけた。

ツイッタ―で見かけたタグだが、たどっていけばライトからヘビーまで様々な読書家たちが自身の核となる一冊を紹介していた。

わたしも幼い頃から少ないながらに本を読んできた人間である。それぞれの登場人物と心を通わせ、時に反発し、笑って泣いて、数ある世界にトリップしてきた。

中でも最も思い入れのある一冊がある。

 

大おばさんの不思議なレシピ 柏葉幸子 著

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小学3年生のわたしは、学校の図書室で真っ白な背表紙の本と出合う。

年齢の割に背が低かった当時、見上げるほどの本棚に窮屈に詰め込まれた背表紙たちの中で、その一冊が光るように見えた。

今であれば白い背表紙のため光を反射しやすく、単純に明るく見えたのだろう。

けれど、毎日のように目から脳へ入った文字列へ心を奪われ旅をしていたわたしには、それは異世界へ誘う魔法の書物のように思えてならなかった。

すぐさま手に取り、図書室の椅子に腰かけページを開く。

 

大おばさんの書いたレシピは、どれも世界のどこかで誰かが欲しがっているものを作るレシピだったが、その「世界」はわたしたちの「世界」ではない。

星屑袋(レシピはお料理だけでなくお裁縫も載っている)は、星が降る世界で使われる。

クレープは魔女専用のパックになるし、ピザはキューピッドのための浮島だ。

 

不器用でちょっぴりがさつな美奈は、レシピを手順通りに作らない。

「あぁ、もう!それでこないだも失敗したじゃん!」

心配性なわたしは、美奈の大ざっぱさにやきもきしてしまう。

美奈の後ろについて歩き、アクシデントに遭遇しては、

「だからちゃんとレシピ通りに作ればよかったんだよ!」

そうやって怒りながら美奈と一緒に色々な世界に行ったのだ。

返しては借りてを何度も何度も繰り返した。

一字一句変わっていないその本のページを繰り返しめくった。

これがあれば頑張れる気がして、忘れたくなくて、本屋に走った。

手にしたそれには表紙がついていたけれど、やっぱり光って見えた。

 

児童書の対象年齢を通り越して、読書の好みはどんどん変わる。

それでも、進路に悩んだ時には知らずと美奈に会いにいっていた。

 

美奈と廻った世界の中で、学んだ事がある。

誰かのために何かを作るという事。

自分が作ったものを、誰かが必要としているかもしれないという事。

関わった出来事に最後まで責任を持つという事。

 

料理は楽しいんだという事。

 

あれからたくさんの歳を重ねた。

わたしは今、料理関係の仕事をしている。

家を出て、すべて自分のお金で買い揃えた本棚の中に、その背表紙はある。

普段は何も変わらない、ただの一冊の児童書。

けれど、わたしが悩んだ時、その背表紙は光出す。

忘れないで、思い出してね、と語りかけるように。